デクと爆豪の私闘編が決着まで収録された『僕のヒーローアカデミア』14巻が発売されたので、改めてこの戦いを通して2人の間で何が行われたのかを考えてみる。
当然ネタバレありなので注意です。
【目次】
1.緑谷出久の"救ける"ヒロイズム
私闘編のNo.117『てめェの"個性"の話だ』からNo.120『三人』までの内容を、1話ごとに分けてみると以下の通りになる。
No.117・・・爆豪がオールマイトの"個性"とその秘密について知ったことを告白、その後デクに対して自分と戦うことを要求する。
No.118・・・デクは爆豪の戦いを一旦断ろうとする。しかしオールマイトを終わらせてしまったことに対する爆豪の罪悪感を知り、爆豪の戦いを受けることを決意する。
No.119・・・爆豪は今まで自分がデクを畏れていたことを告白、デクは今まで自分が爆豪に憧れていたことを告白する。
No.120・・・爆豪がデクに勝利する。
この一連の戦いにおける爆豪の目的は、No.117にて本人が言っていた通り「デクの何がオールマイトにそこまでさせたのか」を確かめること、すなわち「デクの何にオールマイトは価値を見出し、自身の"個性"を継承させるべきという考えに至ったのか」ということを確かめることである。
この問いの答えは、No.1『緑谷出久:オリジン』において、ヘドロヴィランに襲われた爆豪を救けるために飛び出したデクの行動に集約されている。
オールマイトはその行動に火を付けられて、デクに価値を見出しOFAを受け継ぐに値すると判断したからだ。
そこでこの章では、まずNo.1におけるデクの行動を掘り下げることで、デクの"救ける"という行動に内抱されたヒロイズムが如何なるものなのかを把握することを試みる。
そしてその後、No.1と私闘編、それぞれのデクの行動を比較することで、私闘編におけるデクの行動の意味を探ることを目的とする。
1-1.No.1『緑谷出久:オリジン』におけるデクの行動
No.1におけるヘドロヴィランに襲われてる時の爆豪に対するデクの行動を、いくつかの過程に分けると以下の通りになる。
①.ヘドロヴィランに捕まった中学生がいると知り、同情と称賛の感情を示す。
②.顔を見て、その中学生が爆豪だと知る。
③.爆豪の表情を"救けを求める顔"だと判断し、救けるために飛び出す。
この一連の行動の中で重要なのは、①から③までのデクの爆豪に対する態度の変化だ。
③においてデクは爆豪を救けるために飛び出しているが、最初から彼を救けようとしていたわけではない。①の段階では、デクは捕まった中学生に対して「ごめんなさい…!!すぐに救けが来てくれるから…誰か…ヒーローがすぐ…」と心の中で謝っており、一度その救ける役目をプロヒーローに預けている。
そしてその後、②で爆豪の"救けを求める顔"を見るという過程を経て、③で初めて爆豪を救けるために飛び出しているのだ。
このことから、爆豪の"救けを求める顔"を見る前と後で、救ける対象としての爆豪へのデクの態度が一変しているということが分かる。
この反応は爆豪以外にも、雄英入試時のお茶子や合宿襲撃時の洸汰を救ける際にも見られたものだ。
このように、デクは対象の表情や声(No.1で言えば"救けを求める顔")をきっかけとして、救けるという行動に出ることが多い。
つまり、デクが救けるという行動を起こす時、対象の"救けを求める顔"がその要因となるという行動原理が、デクの中に内在しているということになる。
そしてオールマイトはデクのその行動原理に基づいた行動を見て、デクにOFA継承の話を持ちかけた。
つまりこの行動原理こそが、OFAを受け継ぐに値するとオールマイトに思い至らせたデクのヒロイズムであり、爆豪が私闘編でデクに求めた答えなのだ。
1-2.No.118『意味のない戦い』におけるデクの行動
前項では爆豪の「てめェの何がオールマイトにそこまでさせたのか確かめさせろ」という問いの答えが、デクの「対象の"救けを求める顔"を要因として、救けるという行動を起こす」というヒロイズムであるということを述べた。
この事実を踏まえた上で、私闘編の話題に入ろう。
私闘編で注目すべきなのは、デクが爆豪に挑まれた戦いを受けることを決意するNo.118『意味のない戦い』である。
No.118におけるデクの爆豪に対する行動を、いくつかの過程に分けると以下の通りになる。
①.校則違反を犯してまで自分に対して戦うことを要求する爆豪に、拒絶の意志を示す。
②.オールマイトが神野事件における戦いをきっかけにプロヒーローを引退したことについて、爆豪が罪悪感に苛まれていたことを知る。
③.爆豪の戦いを受けて立つ決意をする。
このとき、デクは①において「爆豪の戦いを拒む」という反応をしているのに対し、③では「爆豪の戦いを受けて立つ」という正反対の行動を取っている。そしてその間には②の「爆豪がオールマイトへの罪悪感に苛まれていたことを知る」という過程が存在する。
つまり、爆豪がオールマイトへの罪悪感を自分に対して打ち明けてきたことが、デクにとって爆豪の戦いを受けて立つきっかけになっているのだ。
そしてこの変化は、No.1においてヘドロヴィランから爆豪を救けようとしたデクの行動と、"爆豪側からの何らかのアプローチをきっかけにデクの態度が一変する"という点で共通している。
この共通点から、No.118における「爆豪の戦いを受けて立つ」というデクの行動は、No.1における「ヘドロヴィランから爆豪を救けようとして飛び出す」行動と本質的には同じもの、すなわち"救ける"という行動であると言うことができる。
そしてこの事実を踏まえると、デクは爆豪の戦いを受けて立つことで、オールマイトにOFAを受け継ぐに値すると思い至らせた「対象の"救けを求める顔"を要因として救けるという行動を起こす」という自分のヒロイズムを、爆豪に対して明確に示しているということになるのだ。
つまり、デクは爆豪の「てめェの何がオールマイトにそこまでさせたのか確かめさせろ」という要求に対して、自らの行動を以てきちんと答えを示せているという結論になる。
2.爆豪勝己の"勝つ"ヒロイズム
No.118でデクが爆豪の戦いを受けて立った後、お互いに全力の戦闘の一部始終が描かれ、最終的にNo.120にて爆豪の勝利という形で私闘は終結する。
この決着の仕方から、デクが「爆豪の戦いを受けて立った」ことで自分の"救ける"というヒロイズムを示したのと同様に、爆豪も「デクに勝利した」ことで自分の"勝つ"というヒロイズムをデクに示したと言うことができる。
爆豪の場合、"勝つ"というヒロイズムが勝敗という結果にそのまま表れているため、"救ける"というヒロイズムが結果ではなく私闘の過程に表れているデクに比べて、それが分かりやすい。
3.私闘編の意味
1章と2章で述べたデクから爆豪、爆豪からデクに対して行われたことをまとめると、以下の通りになる。
・デクはNo.118にて爆豪を救けようとした。
・爆豪はNo.120にてデクに勝った。
このことから、私闘編ではデクと爆豪が戦闘を通じて、それぞれ異なる自分のヒロイズムを相手に対して示し合う姿が描かれていると言える。
そして重要なのが、このヒロイズムの示し合いは、今回のような段階を踏まなければ成立し得ないということだ。
例えば、デクが爆豪の戦えという要求に対して全力で応えていなかったら、爆豪はデクに完璧な形で"勝つ"というヒロイズムを示すことはできなかった。
あるいは逆に、爆豪がデクに対してオールマイトへの自分の罪悪感を打ち明けていなかったら、デクは爆豪に"救ける"というヒロイズムを示すことはできなかった。
爆豪がデクに(衝動的かつ不本意であるとはいえ)救けを求める行動を取り、デクが爆豪の戦いを全力で受けて立ったからこそ、今回の私闘は成立したのだ。
デクは爆豪を救けるために、爆豪の戦いを受けて立った。
爆豪はデクに勝つために、デクに救けを求める行動を取った。
お互いのヒロイズムを体現する上での目的と手段、手段と目的がデクと爆豪の間で初めて一致したのが今回の私闘編なのだろう。
4.最後に
この記事では、「No.118における爆豪の戦いを受けて立つというデクの行動は、デクにとって救けるというものになる」ということと、「No.120における爆豪の勝利」という決着から、幼馴染がお互いのヒロイズムを示し合ったということを語ってきた。
しかし、この戦闘における爆豪にとっての当初の目的は、1章でも述べた通り「デクの何がオールマイトにそこまでさせたのか」を確かめることである。
爆豪の勝利という決着は、あくまで爆豪にとってその目的のための過程である戦闘の結果にすぎない。
この答えは何度も述べた通り、爆豪の戦いを受けて立つという形でデクによって示されているのだが、ではその答えを受けて爆豪は実際にそれを確かめることはできたのだろうか?
結論から言うと、それが直接的に分かる爆豪の描写はないため、現時点でははっきりとした答えを出すことはできないと考えている。
戦闘終了後に現れたオールマイトに対してOFAをデクに譲渡させた件について「何でデクだ」と尋ねてはいるが、その答えである「既に土俵に立つ君じゃなく彼を土俵に立たせるべきだと判断した」という台詞に対する反応は、「俺だって弱ェよ…」という自分についてのものであり、自分で尋ねた"デクにOFAを受け継がせた理由"についての台詞ではない。
しかし一方で、最終的にOFAの秘密を黙っていることを了承し、No.121『後期始業式』にて「俺も全部俺のもんにして上に行く "選ばれた"おまえよりもな」と改めて決意を固めることができている。
このことから、肝心の「デクの何がオールマイトにそこまでさせたのか」という疑問の答えについて全てを理解したわけではないが、少なくとも今回はそれによって良い方向に影響を受けたというのが私の最終的な結論だ。
曖昧な結論で申し訳ないが、それだけ爆豪勝己というキャラクターの全容を把握するための情報が、現時点では少ないということなのだろう。
今回の私闘編が今後の爆豪にどんな影響を及ぼすのかはまだ分からないが、それが分かる日がくるとしたらその時の彼の活躍に期待したい。