※この記事は「僕のヒーローアカデミア 小説版 雄英白書 祭」のネタバレを含みます。未読の方はご注意ください。
物間「でもなんでちくわの中から?」
塩崎「そりゃ私がちくわの精だからです。ニキビの精ならニキビから…頭皮の精なら頭皮を通して人間界にくるわけです。」
物間「(ろくな妖精がいない…)」
【目次】
- Part.1 校外活動DEだんじり
- Part.2 準備
- Part.3 ロミオとジュリエットとアズカバンの囚人~王の帰還~
- Part.4 女の闘い
- Part.5 それぞれの文化祭
- Part.6 祭の後
- まとめ
Part.1 校外活動DEだんじり
内容としてはデク、常闇、お茶子&梅雨、切島の順にインターンに参加したメンバーのそれぞれの活動の様子が示される、という構成。
デクは採用直後、切島はカッターのチンピラとの対戦後かつ八斎會本部突入前の出来事だったことからして、その間に描かれた常闇、お茶子&梅雨の話はデクと切島の間に起こった出来事と見ていいだろう。
この章で一番印象的だったのはミリオと切島、それぞれのデク(と爆豪)への正反対の評価だ。
オールマイト談義でナイトアイと盛り上がるデクを見て「同じ人が好きということは、根本的に似たところがあるのだろう。ならば、絶対に仲良くなれるはずだ。」とポジティヴな印象を抱いたミリオと、ミリオ-天喰とデク-爆豪を比較して「(…うん!いろんな幼馴染がいるな!)」という結論に至った切島。
ここは爆豪の性格とデクとの関係を知っている者と、そうでない者の違いが分かりやすく表れていて面白かった。特に切島の感想は本編でミリオと天喰の出会いが明かされた当時の読者の反応そのもので、共感を覚えた。
ビッグ3がインターンの説明をしにA組を訪れた際、爆豪が謹慎中だったためミリオは彼とだけ未だに顔を合わせたことがない。 そのためもし2人の対面が実現し、ミリオが爆豪のデクとの関係を知ったら今回抱いた印象はどのように変わるだろうかと想像させられた。
この章でメインに描かれたのは切島で、内容は指名手配中の敵を追跡しつつ、その間に関わっただんじりの大工方の青年に勇気を与えるというもの。
青年とのやり取りを通じて切島の「動けなかった」ことへのコンプレックスが丁寧に掘り下げられており、ここは後の乱波・天蓋との対戦時に明かされたギガントマキアとの遭遇、そして紅頼雄斗からの励ましの言葉に繋がる補完でとても良かったと思う。
また青年が切島に救けられただけでなく、切島も敵確保の過程で青年に手助けされ勇気を与えられていたのは、ヒーローもまた誰かを救けるだけでなく誰かに救けられる、救けられていい存在であることが端的に表されていた。
最後に「芦戸や、ニュースで見た名前も知らない少年のように」と改めて決意を固める切島の姿を見て、やはり切島-芦戸はデク-爆豪と対比された関係なのだと実感。
ヘドロ事件の際に爆豪を救けようと飛び出した少年がデクであることを切島が未だに知らないのは少々意外に感じたが、その事実を知らないままデクを評価してる方が主人公の持ち上げ方としては自然で寧ろ良いのかもしれない。
何よりデクに救けられかけたことを親友の切島に知られたとなっては、爆豪としてはまたもトラウマをほじくり返される事態となってしまうし、少なくとも今はまだ切島がこの事実を知る必要はないだろう。
Part.2 準備
Part1から時間が飛び、文化祭に向けて生徒が着々と準備を進める雄英の休日。その様子をまだ普通科に在籍してる心操の視点で描いたのがこの章の内容。
心操が校内を回る過程に合わせて、B組→お茶子・梅雨・葉隠・切島・峰田・瀬呂・砂藤・障子・口田→爆豪・上鳴・常闇・耳郎・八百万(バンド隊)→デク・青山・尾白・飯田・轟→相澤の順で各キャラの様子が示されている。
読者にとって馴染み深い存在であるA組の生徒たちの様子が、部外者である心操の視点で描かれていたのが新鮮だった。
それと同時に、その光景を目にした心操の心情が掘り下げられていたのがやはりこの章の一番のポイントだろう。
この頃の心操はヒーロー科への編入に向けて相澤の指導を受けていた真っ最中であり、そのことを誰にも明かしていなかった。
本編では読者に対してはその事実がいくつかの描写で示唆されていたが、作中でそれがはっきりと明かされたのはB組との対抗戦開始直前だった。
なのでそれ以前に心操が抱いてた不安とそこから抜け出す過程を描いたこの章は、心操というキャラクターの成長をより地に足着いたものにする良い補完だったと思う。
特に良かったのが尾白への罪悪感からの解放とデクへの感謝だ。
心操が自分の"個性"である洗脳の効果を発揮するため、時に相手に思ってもいない挑発をしたり、その結果相手を利用する形になってしまうことを引け目に感じていることは本編での描写から察せていた。
体育祭で洗脳にかけられたことをデクたちが気にしていないのはすでに分かっていたが、今回尾白が自分の辞退を自分の意志によるものと捉えており、デクが洗脳をヒーローとして有用な"個性"だと評価していると改めて示されたのは、その事実が心操にとって救いであることを再確認できる描写だったと思う。
今またAB対抗戦の1戦目と5戦目を読み返せば、さらに深く心操に感情移入して読めることだろう。
また、心操が在籍するC組のクラスメイトたちが心操の編入希望をすでに察しており、文化祭後に激励パーティを行う予定だったと明かされたのも嬉しい誤算と言えるオチだった。
C組の生徒たちにはネームドキャラはいないものの、彼らは体育祭のデク戦後に「普通科の星」「すげェぞ」と心操に賞賛の言葉を贈っており、今回もその時の印象と比べて何の違和感もない暖かさだった。
心操以外に言及すると、やはりA組の出し物の細かい部分が決まっていく過程が面白かった。
中でも黒影(ダークシャドウ)がタンバリン(というかシンバル?)担当だったのは爆豪の提案によるものと明かされたのが一番の衝撃で、ここは意外と思うと同時に不思議と納得できる微笑ましさがあった。
心操が「(爆豪、体育祭の時より少し丸くなったような……?)」と思ってた通り、そのことを実感できる描写だったと思う。
Part.3 ロミオとジュリエットとアズカバンの囚人~王の帰還~
THE・茶番。
…というのはもちろん作中劇『ロミオとジュリエットとアズカバンの囚人~王の帰還~』のことであり、普段スポットライトの当たる機会の少ないB組の青春を描いた章としては大満足の内容だった。
演劇の最中に次々とアクシデントが起こりそれを機転で解決していくのは演劇回においてもはやお約束だが、この章ではそのために各生徒の"個性"が活用されており、ここでもヒロアカの"個性"を活かすというテーマが存分に描かれていた。
これはAB対抗戦においてB組の生徒全員の"個性"の詳細が明かされた今だからこそ描けた話と言えるだろう。
それぞれの生徒の劇における配役と"個性"の使い道は以下の通り。
物間・・・主演。ロミオ役兼ナレーション。
小大・・・ジュリエット役。サイズにより舞台セットを縮小して運んだ。
鉄哲・・・パリス役。
二連撃・・・フロド役。
泡瀬・・・サム役。
凡戸・・・オビワン役。
塩崎・・・指輪の精もといちくわの精役。ツルで舞台セットを運んだりドラゴンを観客席へ移動させたりした。
ポニー・・・ヒッポグリフ役。角砲で舞台セットや傷んだちくわを口にして腹を痛めた鉄哲を運んだ。
宍田・・・ヒッポグリフ役。
取蔭・・・レイ役。
鱗・・・兵士役。鱗をドラゴンの移動に合わせて舞わせることで観客の臨場感を煽った。
小森・・・メイク係。
吹出・・・舞台音響。
鎌切・・・照明係。
円場・・・大道具係。
黒色・・・小道具係。
骨抜・・・舞台監督。
回原・・・舞台監督助手兼終盤の鉄哲の代役。
このように、ミスコンを控えてた拳藤とその付き添いの柳を除く全18名の役割が全て描写されていた。
特に骨抜は"個性"自体は未使用ながら、AB対抗戦の3戦目で見せた柔軟さが皆をまとめ上げる舞台監督という役においても発揮されていて良かったと思う。
また劇の内容は茶番ではあったが、終盤の凡戸演じるオビワンが鉄哲演じるパリス伯爵に敗れ、物間演じるロミオに後を託す展開は、ヒロアカのテーマである師匠から弟子への継承そのもので原作へのリスペクトが感じられた。
特にオビワンが息を引き取った際の「そんな……オビワン……まだ教えていただきたいことがたくさんあったのに……っ」というロミオの台詞は、USJ編でオールマイトを救けるために飛び出したデクの胸中の台詞のセルフパロディだろう。
ジュリエットを救け向かった先で宿敵であるパリス伯爵と遭遇し、師匠であるオビワンが戦うことになるこの展開は、爆豪を救いに向かった先で宿敵であるAFOと遭遇し、師匠であるオールマイトが戦うこととなった神野編の展開と似ている。
ここでも原作を意識していることが感じられるが、ただその後のオビワンが息絶えロミオが戦う展開は、デクが爆豪を救出した後離脱しオールマイトがAFOに勝った神野編とは結末が異なる。
そのためこの劇は原作の今後の展開の暗喩したものなどではなく、あくまでこれまでの原作の展開を一部なぞらえた上で外伝エピソードと成立させた、ただのおまけ要素と捉えるべきだろう。
その後のロミオとジュリエットがパリス伯爵の後継を巡って争う展開は、オールマイトの後継者として比較されていたデクとミリオに重ねていると受け取れなくもない。
だがそれだとジュリエット(=ミリオ)が後継者となる展開が未だにデクがOFAを所持してる本編の内容と食い違ってしまうため、これもやはり原作の要素を全て反映させた展開ではないだろう。
アドリブに次ぐアドリブで迎えた劇のオチは非常にカオスなものだったが、プロの演劇ではなく学生の出し物ならこれで高評価を得られても違和感はないと納得できた。
観客から取ったアンケートが2票差でA組を上回ったという結果だったのも、物間のねつ造ではなく事実であるという真実味がしっかり感じられた。
Part.4 女の闘い
こちらはB組の演劇に不参加だった拳藤の視点でミスコン開始直前の様子を描いた章。
同じくミスコン参加者であるねじれや絢爛崎、さらには彼女たちの関係者の甲矢や発目、天喰などが登場した。
前半はねじれと絢爛崎が火花を散らし合う光景や、彼女たちにアクシデントが起こる様子を目の当たりにして、やはり自分はこの場に相応しくないのではないかと悩む拳藤の葛藤が描かれた。
中でも「『女』というレッテルが、ときに重く感じることがある。私は『私』でいたいのに。」という一文は、性別が本作においては自分を精神的に縛る要素になり得ることが端的に表現されていた。
本編ではマグネがこれに当てはまり、トゥワイスがオーバーホールに対して「彼女だ…!!てめェ…!」と訂正を要求していた様子からは、連合入りする以前彼女が周りから男として扱われていたことに苦悩を抱えていたであろうことが伺えた。
「だからといって男性になりたいわけでもない」と語られてたあたり、拳藤の悩みはマグネのそれほど深刻なものではないのだろうが、それでも彼女にとっては切実な悩みなのだろうと受け止められた。
その後ミスコン参加者同士で協力し、天喰の力も借りて解決した流れはとても良かった。
本編ではイロモノの印象しかなかった絢爛崎は先輩としての度量の大きさがきちんと示されていたし、甲矢もねじれの親友として彼女と想いが通じ合っている様子が描かれていた。
何より前述のような悩みを抱えていた拳藤がアクシデントの解決を経て、「女の子らしくない自分も、自分らしくないと落ち込む自分も、何をしても結局は自分でしかない」という結論に至ったのは、とても自然かつ爽やかなオチだった。
切島の回想で紅頼雄斗が「心の在り方だ。漢とは書くが性差じゃねェ!」と語っていた通り、今回のエピソードも性別だけでその人の心の在り方が全て決まるわけではないということが示されていたと思う。
親の存在や幼馴染の存在と同様に、性別もまた自分を構成する一要素として意識はしても囚われすぎる必要はないということだろう。
一方で「自分じゃない誰かにはなれないし、ならない」という一文は、自分以外の誰かになるために他人を傷つけるトガを思い出さずにはいられなかった。最近本誌で過去が明かされただけに非常にタイムリーな内容だったと思う。
語らずともそうなれた/なれなかった正反対の存在を読者に意識させるこの描き方は、とてもヒロアカらしい正と負の対比のさせ方のように感じられた。
Part.5 それぞれの文化祭
原作ではわずか数コマで済まされたバンド演奏後のA組の各生徒たちの様子を掘り下げて描いたのがこの章。
内容はお茶を飲んで一息つく耳郎・八百万、C組の心霊迷宮を回る上鳴・峰田・芦戸・葉隠、アスレチックに挑む尾白・切島・瀬呂・爆豪、経営科のたこ焼き屋の留守番をする障子・砂藤とそれを手伝う青山、顔出しパネルとともに写真を取る飯田・轟・常闇・口田、そして皆の助言を受けながらエリのためにリンゴ飴を作るデク…というもの。
そして文化祭終了後には寮でA組の皆がフルーツ飴で打ち上げを行う様子が描かれた。
ここで気になったのは、この時デクと爆豪の間で交わされた約束。
爆豪たちが挑んだアトラクションは雄英在学中だった頃のオールマイトも挑んだものであり、爆豪は何度も挑戦するもついにオールマイトのタイムを抜けなかった。
よって爆豪はデクに「来年の文化祭でてめぇもやれや。俺はてめぇもオールマイトの記録も抜かすからな。」と伝え、デクもそれを受けて立つと宣言。
とても熱いシーンなのだが、デクにはこれからOFAの出力upに加えて継承者6人の"個性"の発現も控えている。
そのことを踏まえると、来年の文化祭を迎える頃には爆豪どころかオールマイトのタイムすら軽々と抜くほどの強さになっている可能性がある。
とすると、この物語のクライマックスであろう死柄木との対決は2年時の文化祭の開催よりも前に訪れ、以降の文化祭含めた学校行事は省略されて描かれ卒業式まで一気に時間が飛ぶのではないだろうか。
ここはいくら考えても今は想像の域を出ないのでこれ以上の言及は控えるが、可能性としてあり得ないものではないとだけ予想しておこう。
Part.6 祭の後
相澤の視点で文化祭終了後の教師陣の打ち上げの様子が描かれており、文化祭の裏側を描いた今作の実質的なエピローグ。
文化祭前から通常のA組の生徒たちの監督に加えて、エリの世話、心操の指導、爆豪と轟の仮免補習の引率などを行ってきた相澤からすれば、文化祭を終えた時には本当に一つの山場を越えたという気持ちだったに違いない。
自分のジョークが他の教師陣にウケず、それとは正反対だったデヴィットの反応をオールマイトが思い浮かべていたのは、劇場版『2人の英雄』の視聴した読者への良いファンサービスになっていたと思う。
まとめ
原作の文化祭編はデクやA組をメインに描かれてただけあって、今作は心操やB組といった原作ではスポットの当たらなかったA組以外の生徒の視点で構成されている印象が強かった。
しかしそれはA組の生徒たちの影が薄かったというわけではなく、心操の視点からデクが映されていたり、A組に対抗意識を燃やす物間の存在のおかげで、彼らのメインキャラとしての存在感はきちんと保たれていたと思う。
これはヒロアカという作品が初期の頃に比べてキャラが増え、群像劇の様相を呈してきたことの表れだと感じた。
文化祭という学園ものにおける一大イベントの全てにカメラを回しきれなかった原作の補完を行ってくれて、大変満足できる出来だった。
文化祭以降のエピソードで小説版を書けそうな話は今のところないが、次回作が書かれるのならまた期待したい。